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龍ケ崎ヒストリー第12回

第12回「吟月堂の浮草と大徳町 」 2022年12月号

龍ケ崎市街地の東の端に吟月堂という菓子店がありました。近年閉店になりましたが、このお店で製造販売されていた浮草という和菓子の味が忘れられません。固められたこし餡を黄褐色の皮で包んだ焼饅頭です。1日20個ほど細々と作られていたので、夕方買い求めるといつも品切れ状態。知る人ぞ知る龍ケ崎の銘菓でした。
以前、JR東日本主催「駅からハイキング」佐貫駅~龍ケ崎市街地コースが開催されていた頃、この企画に併せた旧小野瀬邸イベントでお茶会が開かれていました。お茶に浮草を添えたところ「これとっても美味しいね」と、遠方のお客様から大絶賛されるほどでした。
実は浮草は吟月堂固有の和菓子ではなく、かつては他の和菓子店でも製造販売されていた龍ケ崎名物だったようですが、平成まで続いたのが吟月堂1軒だけだったのです。気が付いた時にはその吟月堂も閉店になっていました。浮草の消滅は龍ケ崎の和菓子文化にとって大きな痛手と考えます。
さて、旧吟月堂は砂町商店街の一番外れに位置し、今も看板は掛かっています。その先に砂町というバス停があり、町名は当然砂町と思っていたら、実は住所表記は大徳町となっています。大徳町は今でこそ龍ケ崎市ですが、昭和29年までは稲敷郡大宮村大字大徳になります。
かつて僅かな集落だけだった龍ケ崎に接する大徳村は、米町から砂町まで続く龍ケ崎商店街の賑わいの延長線上に当たり、行政上の線引きとは関係なく龍ケ崎の市街地と一体となって、まちづくりが行われたと考えます。生活圏を共有する大徳を有する大宮村は、昭和の大合併で必然的に龍ケ崎市になったといえます。